【チャレンジ】と【常識】

常識を力に変えてますか?

辞書的には
【健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。】
とのことです。

健全かどうかは置いておいて、世界は常識であふれています。

電話をでたときの「もしもし」
もう電話交換手なんて存在しないのに、もしもしといいます。

でもこのもしもしについて異論を唱える人はあまりいないですよね。
「「もしもし」というのはおかしい。そもそも「もしもし」というのは~~~」
って言ったら変な人です。

セーラー服を女子高生が着ているのは日本での常識です。
でもそもそもをいうと、女子高生が着るのは常識ではありませんでした。
いま男性が遊園地やコスプレでなく普段着でセーラー服を着ていると眉を顰められるでしょう。

さて、この常識。

常識になった瞬間、「意識しないでも、ストレスなくできる行為」になります。

電話とるときのもしもしについて、ストレスを感じながらもしもしという人はいないでしょう。
この違和感なく、ストレスなく、当たり前の行為として行うことができるということが大切です。

そして、この常識は、日本全国にすると大変ですが狭い集団であれば結構簡単に常識は変化します。

例えば不良集団の中で「一日1時間勉強する」。
これはきっと常識外の行為であって、すごい頑張って行うことであり、行うことに対してストレスを感じ、なんなら1時間できたら達成感を味わうでしょう。

常識外の行為(≒チャレンジ)は結構精神的に疲れるものです。

でも進学校の受験生の中で「一日1時間勉強する」。
これはなんでもない行為だし、「え、すくなくね?」ってなるでしょう。

同じことを行っているにもかかわらず、精神的疲労が違いますよね。

「一日1時間勉強する」という行為自体は変わりませんが、
「一日3時間勉強する」ことが常識の集団に入ったほうが、
楽に勉強ができます。

勉強に限ったことではないですよね。

常識は楽にするだけでなく、チャレンジのハードルを下げます。

例えば自分は社会人になってから
ピアノを買い(電子ピアノ88鍵)、
ベースを買い(12万円)
アコギを買い(10万円)
エレキギターを買い(本体6万円、エフェクター2万円)
と楽器をかっています(カホンとかも買ってます)。

これも周りの友達だったり、ボーカルスクールの先生が
「え、なんで買わないの?楽しいよ?」っていう常識を作ってくれたから、これらを買うことができました。

そして、初心者でもいいよという常識があったから堂々とミスをしながら人前で練習し、
今では弾きがたりでライブができるようになりました。

オリジナル曲も同様です。

「え、プロでもないのに(目指してもない)オリジナル曲とかつくってどうするの?」
という常識でなく、
「楽しいからやろうよ。協力するよ」という常識を作ってくれる先生がいるから、今では20曲弱オリジナル曲があります。

一歩その常識がある世界からはずれると「そんな高いお金だして楽器かってどうするの?」って世界があるのも事実です。
でも、その常識の世界にいるからこそいろいろな楽器で楽しむという趣味が広がりました。

いま持っている常識というのは結構簡単に崩れるものです。

ちょっとでもやりたいなと思うことは、そのやりたいことが常識になっている世界に飛び込んで、
その常識に染まることが最短距離だな、と強く実感しています。

もしチャレンジが苦手な人がいれば、この常識を意図的に利用してみると世界が広がりますよ。

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