批判することだけが議論・コミュニケーションではない

世の中のことってたいてい何のことでも批判できるわけです。

何を当たりまえのことを書くんだといわれるかもしれないですが、
世の中には批判を生きがいとしている人もいるわけで、、、

例えば、自分のポリシーに

「プロだから自分でキャッチアップしようよ。」
というものがあります。

プロのプログラマーなのであれば、Javaはある程度かけるようになっていてほしいわけです。

例えば

String hoge = "hoge";
String fuga = "hoge";

if(hoge == fuga){
}

のようなことはしてほしくないわけです。

これくらいなことは常識として知っていてほしいな、
自分で勉強してキャッチアップしてほしいなとおもっています。

キャッチボールのできないプロ野球選手はいないし、
コードが読めないプロミュージシャンも結構お粗末ですよね。

多分そこまで変なことは言っていないと思います。

でもこれにだって批判はできるわけです。

常識という表現で押さえつけるのは問題。
しっかり教育するべき。

みたいな批判はいくらだってできるわけですよね。

でも多分効率がいいのはしっかり教育するほうがいい気はしますし、
集団で働くのであれば、この集団の常識はこれですよと教育したほうが、
共通のプロトコルが形成されるのでそのあとの仕事がスムーズにできるかもしれません。

どちらが正解でしょうか。

多分その常識の程度にもよります。

キャッチボール程度はできる様になっていてほしいと思う一方で、
スローイングの方法は教育したほうがいいかもしれません。

でもなんでもかんでも教育で何とかなるかというと、
正直ctrl + cでコピーできるということは知っていてほしい気がします。

この時に大切なのは、表面的な意見ではなくその人のポリシーをつかまないと、
議論にならないということを認識するべきです。

実際反対意見が来ると身構えてしまって冷静さが多少なりともなくなるものだとは思うのですが、
その人の根本にはなにがあってその意見が出てきているのかということを考えないと、
お互いの主張をただ言い合うだけで時間の無駄になってしまいます。

プログラマーであれば知っていてほしい常識派は、
伸びる人は勝手に伸びるし、ある程度期間がたっても常識がない人は開発から外すべきといったことが根底にあるかもしれません。

もしくはフリーランス的な実力で戦っている人を間近で見たので、
同じプロなのに例えばログ出力のプレースホルダすら知らない人をみると、
それがあまりに多いので辟易としているのかもしれません。

できる人だけ集めたほうがアウトプットが早くいいものができるという前提があるかもしれません。

常識は教えるべきだという人は共通のプロトコルがあったほうが結果として捗るというポリシーの持ち主な気もします。

また、そもそもこの常識ということが不確定で人によって常識の幅が異なるので、
そうではなくてちゃんとその集団の常識を定義したうえでプロとしてキャッチアップしてもらっていったほうが、
コミュニケーションとして円滑にいくというかんがえの持ち主なのかもしれないです。

多分どちらも正解で、
教育できるコンテンツ作成をできる人がいたり、
できないひと学習意欲があったり、した場合は教育が大事でしょう
そうでなくベンチャー的に人も時間も資源も教育コンテンツも何もなくて
手を動かしてアウトプットを出さないと収入もないといった状態であれば、
教育とかではなくできる人だけで行うべきでしょう

このように、常に状況が変わっているということを認識したうえで、
また、相手のポリシーも理解したうえで議論していきたいものですね。

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